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「あれ、自分ら何しとるん?」

 手許から上げた視線を教室の出入口へ向けると、そこには忍足と光の姿があった。
 進行方向を変えて教室に足を踏み入れた忍足の後を追うように、光もまた、こちらへ歩み寄る。今が放課後で教室にはわたしたち以外の人間がいないとはいえ、上級生の教室へ堂々入ることが出来るあたり、流石は光と言ったところだろうか。

「あら、二人揃ってお帰りなん?」
「おお、帰りにストテニ場寄って打ってこう思てな」
「だったらはよ行ってまえ、しっしっ!」
「こらユウくん、そないな言い方したらアカンやろ」

 テニス部は毎週月曜日が休みになっているはずだが、忍足も光もテニスバックを背負っている辺り、当初からその予定だったのだろう。
 とは言え小春も一氏もまた同じく、今日もテニスバックを持って来ているから、単にラケットが手許になければ落ち着かないだけなのかもしれない。だとすれば、馬鹿みたいに一つのことに熱中して打ち込むその気持ちは、わたしにもよく理解できる。

 ふと近くに人の気配を感じ、見ればいつの間にか後ろに回り込んだ光が、肩口からわたしの手許を覗き込んでいた。

「それ、もしかしてこの間やったタコパの時の写真すか?」
「そうらしいな。楽しかったか?」
「金太郎が喧しかったっすけど、そこそこは、まあ……」

 素直ではない感想だったが、別の写真に大量のたこ焼きを口に含んで頬を膨らませ、それはもう満足げに笑う金太郎の姿が映っていたから、金太郎に関する感想は本音なのだろう。
 その素直さを、どうせならもっと別の場所で表にすればよかろうに。さすれば忍足の心も少しは救われよう。

 その後忍足と光は帰る素振りを見せるどころか、前の席の椅子と後ろの席の机にそれぞれ腰を落ち着かせてしまった。
 どうやら二人共 ――― いや、忍足が遠くの楽しみよりも目の前の楽しみを選んだようで、背凭れを抱く形で椅子に座った彼は楽しそうに写真を見ている。一方で一氏は臍を曲げて顰めっ面になったため、頭を撫でて落ち着かせる。
 忍足も光も同じ部の仲間で、この写真に写るたこ焼きパーティーを共に楽しんだ者同士なのだから、拗ねることはなかろうに。

 そして小春と一氏だけだった語り手が倍に増えたことで、写真一枚いちまいの状況を各々の観点から話して聞かせてもらえるようになり、話もまた倍に厚みを増した。
 お陰で当時を知らないわたしまで、その場にいたかのような気持ちになれた。

「ところで先程から気になっていたのだが、何故蔵ノ介の写っている写真が一枚もないのだ?」

 そして全ての写真を一通り見終えたところで、わたしはかねてから気になっていた疑問を口にした。

 何十枚もあった写真の中のどこにも、蔵ノ介の姿をはっきりと捉えたものは一枚もなかった。
 しかし話の中に蔵ノ介の名前は何度も登場していたし、何枚かの写真の端には包帯の巻かれた腕が映りこんでいたから、蔵ノ介が当時この場所にいたことは明らかだ。だがその姿を捉えた写真は一枚もない。
 撮影者だった小春の写真が他より少ないのは別におかしくないが、蔵ノ介の写真が全くないのは、いくらなんでも奇妙だ。

「あれ、さん知らんの? 白石は写真嫌いなんやで。せやからカメラ向けるとごっつ嫌がんねん」
「――― えっ?」
「ほんまに、今度こそと思たんやけど、残念やわぁ。せやけどアタシは蔵リンのベストショットを収めるまで諦めへんで!」
「それ無理とちゃいます? 白石部長、背中にも目があるんかっちゅうくらい、カメラに対して敏感やないですか」
「アホ! 小春に不可能なことはあらへんわ!!」

 正面で忍足が語り、右隣で小春が拳を握り、後ろで光が呆れを隠さず、左隣で一氏が噛み付く。
 しかしながら、今のわたしはそれどころではなかった。

 蔵ノ介は写真が嫌いらしい。
 そしてどうやら、これまで蔵ノ介を被写体にした写真は碌に撮れていないか、全く撮れていないらしい。
 その話が本当なら ―――。


「自分ら、集まって何しとるん?」

 聞こえた声に顔を上げて再び教室の出入口に目を向けると、そこに今度は蔵ノ介の姿があった。
 蔵ノ介もまた進行方向を変えて教室に足を踏み入れる。

「謙也、財前と打ちに行く言うてもう帰ったんやなかったん?」
「……あ、忘れとった!」
「そうやと思いましたわ。まっ、謙也さんすからしゃーないっすわ」
「ちょっ、どういう意味やねん!?」
「せやから、そういう意味やろ? それより何見とるん?」
「それより……!?」

 酷い話だが慣れたように忍足をぞんざいに扱い、机の上に広げられた写真を見た蔵ノ介は、納得したように頷いた。

「この間のタコパの写真か。――― あ、せや。写真と言えば、この間のはまだ現像しとらんの?」
「え? あ、いや、……見る?」
「当たり前やろ。今手元にあるんか?」

 わたしは頷き、通学鞄から半透明のファイルを取り出した。
 しかし手渡すことを躊躇していると、催促するように包帯を巻く手を目の前に突き出され、渋々差し出す。
 前半の古い写真 ――― とは言っても、ほんの数週間前に撮影したものだが ――― を飛ばし、途中で手を止めた蔵ノ介は一枚いちまいにじっくり目を通して行く。その瞳も表情も穏やかで楽しげだが、あの話を聞いた後では不安を覚えるばかりだ。

「いや〜ん、何やあやしいフ・ン・イ・キ! 何の写真なん?」
「先週、わたしの家族と蔵ノ介の家族とで出掛けた時のだけど……」
「ちゅうことは……もしかして蔵リンのオフショットが!? み、見てもええ? ちゅうか見たい! 見せてや!!」
「わ、わたしは構わんが……」

 突如興奮し出した小春に気圧され、視線で蔵ノ介を伺えば、蔵ノ介は広げたファイルをあっさり机の上に置いた。
 すぐさま小春が食い付き、他の三人も興味深そうに覗き込む。

「キャー!! 蔵リンたら、アタシらには見せたことないめっちゃ無防備な表情しとるやないの! ちゃん、この写真是非とも焼き増ししてや!」
「なっ、浮気か小春!?」
「ちゅうか全体的に、白石率が高くあらへん? タコパの写真と比べたら天と地の差やで」
「部長、写真嫌いなんやなかったんすか?」
「まあ確かに好きではないで。せやけど撮ってくれるんが他でもないやし、との思い出を刻むもんやったら、好き嫌い以前の問題やろ」
「……それ、惚気のつもりすか?」
「さあ、どうやろなぁ?」

 興奮がますます高まる小春に、相変わらずの台詞を叫ぶ一氏。
 発言は冷静だが幽霊でも見たかのように顔色の悪い忍足。
 背後にいるため表情までわからないが何となく纏う空気が冷たい光と、挑発的な笑みを浮かべている蔵ノ介。

(……何だ、この状況)

 しかしどうやら、蔵ノ介はわたしの趣味に無理に付き合ってくれていた訳ではないらしい。
 それがわかっただけほっとしていると、「ああ、」蔵ノ介がにっこりと微笑んだ。皮肉にも何度となく目撃しすっかり見覚えのあるその笑みに、反射的に頬が引き攣る。

 そして予想通り、蔵ノ介はわたしが無意識に犯していたらしいペナルティを告げた。


理由は全て「」だから
(ほな、放課後デートに洒落込もうやないか)

110124


傍観者を望む主人公と四天宝寺テニス部の交流。
テニス部との交流とのことでしたが、現時点で主人公が名前を把握しているメンバー(一部除く)のみの登場です。
無自覚の要素もいちゃついてる要素も薄く、更にはとにかく甘いどころか微糖もいいところですが、代わりに白石にとって主人公が特別なんだよってことと大人げのなさを表現してみました。少々わかり難いカモですけれども。
話の時期は、謙也の名前を知った後から夏休みに入るまでの間を想定しています。言うまでもないでしょうけど。
それでは朔さま、リクエスト誠にありがとうございました!