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 ――― 彼は“ひと”が恐ろしかった。

 その理由は彼自身は勿論、彼の成長を見守ってきた両親にもわからない。所謂トラウマとなるような出来事などはなく、彼の兄と同じようにして育ててきたはずが、何故か彼は“そう”なったのだ。
 周りはそんな彼を過剰なまでの人見知りと思っていたが、しかしそれは時が経ち成長するにつれて変化していった。

 恐ろしさ故の強がりで突き放した態度しか取れない彼に、固より釣り上がり気味の目尻がその印象を悪化させたのか、人は徐々に寄り付かなくなった。
 そうして幼くして孤独を知った彼は、“ひと”を恐れながらも“ひと”が恋しくて仕方のない寂しがり屋となった。唯一気を許せる家族に、依存に近い甘えを見せるようになったのだ。

 だが、そんな彼にも転機が訪れた。

 麗らかな陽気に恵まれ、丁度見頃を迎えた桜に祝福された中学校の入学式当日。進級の際のクラス替えとは比較にならない環境の変化に、彼の心には未だかつてない不安が渦巻いていた。
 それは小学校に入学した際にも覚えたモノだったが、今回はあの時とは訳が違う。
 ここには彼と同じ小学校の出身者に加えて、近隣の各小学校からの進学者もいるのだ。一気に数を増す“ひと”の量が、彼の不安を煽っていた。

 そして出席確認と併せた受付を済ませ、在校生が胸に造花をつけようとしてくれた時、彼の“それ”は爆発した。
 彼は伸ばされた在校生の手を拒絶し、払い除け、突如駆け出したのだ。
 孤独によって人との接触がなくなったために鳴りを潜めていた“それ”を、改善だと思い込んでいた母親の反応は一歩遅く、母が息子の名を叫んだ時、その背中はすっかり小さくなっていた。

 けれども逃げ出した彼には、新入生が保護者同伴で続々とやって来る校門に、近付く勇気はなかった。
 だから正反対の校舎裏に逃げ込んだ彼は、いくら見頃の桜並木があるとはいえ、こんな場所だ。入学式当日の今日、それも開会間近の今、桜の木の下に佇む存在に気付くとただただ驚いた。

 ざあっと吹き抜けた風に肩を過ぎた長さの艶やかな黒髪を靡かせ、真新しい制服のスカートを揺らし。桜吹雪の中、風に攫われて舞い上がった花弁を追う目を眩しそうに細めて微笑する横顔が、その光景が、まるで一枚絵のように美しい女子だった。
 彼は言葉を失って立ち尽くし、彼女を凝視した。するとその視線に気付かないはずがない彼女がふと振り返り、目が合うと二人はお互いに瞠目した。

「――― 其方そなたも、新入生か?」

 最初に硬直から解けたのは彼女の方だった。
 ぎこちなく笑い、何とも見た目とのギャップが激しい言葉遣いだ。しかもその抑揚は耳慣れない、これまでテレビでしか聞いたことがなかった標準語だ。
 途端に彼の中で、先程爆発したモノがぶり返した。

「……東京モンがこないな場所で何しとんのや」
「そうだな……。東京の人間だからこそ、この先を思うと少々不安でな。開会前に息抜きをしようと抜けて来たんだ」

 質問には答えず、彼は敢えて差別的な言葉を選んだというのに。彼女は気に留めた様子もなく苦笑して答えた。
 そこには彼の周りにいた“ひと”たちが見せた、彼を遠巻きにする冷ややかさは微塵も感じられない。恐れている様子もなく、自身の目付きの悪さには自覚があるだけに、彼は動揺した。

「半月ほど前に越して来たのだが、大阪は凄いな。人にも言葉にも勢いがある。お陰で自分に掛けられている言葉でなくとも圧倒されて、不安もあるが馴染めずに、つい逃げて来てしまった」

 そして彼女が告げた言葉に、彼は息を呑んだ。――― 同じ、だった。
 この地で生まれ、育ち、しかしその気質に全く適応できない脆弱な自分。似ていると思った。彼女と自分が。
 父親も母親も兄も、血の繋がりで結ばれた“ひと”たちはこんな自分を無条件で受け入れてはくれても、この気持ちを理解してはくれなかった。彼女が初めてだった。

「お、俺も……」
「……?」
「俺、も……地元の人間やけ、ど……こっ怖くて、つれへん態度しか、でき、っくて……、せやからずっと、ひとり、で、いややけど……どうしようもでき、で……」

 嬉しかった。この気持ちを理解してくる存在に出逢えた奇跡に、彼は泣きたくなるほどの喜びを覚えた。
 本当に何という偶然だろう。同じ気持ちを知る者同士が同じ時、同じ場所に存在し、同じ行動を取り、だからこうして出逢った。――― 運命だと、思ってもいいだろうか。彼女と出逢いこの喜びを知るために、自分は孤独だったのだと。思わせて欲しい。

「……そうか。では、ひとり同士こうして顔を合わせたのも、何かの縁だろう」

 自分を怖がらせないため、だろうか。彼女はゆっくりとした足取りで歩み寄り、お互いが手を伸ばさなければ触れることができない距離を置いて止まった。
 そしてやはりゆっくりと、手を差し出した。

「わたしと、大阪での最初の“トモダチ”になってはくれぬか?」
「っ! ……俺で、ええん?」
「勿論。寧ろ其方の友人一号がわたしのような見ず知らずの輩で良いのか、逆に不安なくらいだ」
「――― アホッ!! ええに決まっとるやないか!!!」

 ほとんどその場の勢いだった。
 握った掌は少し固く、だがその大きさは彼が今まで縋っていた家族の誰よりも小さく、温かかった。
 生まれて初めて触れる、他人の ――― “ひと”の手だった。

「何も知らんから、ええんや、あほ」
「……そうか。しかしお互いの名前を知らぬのは問題だろう」

 握手の形をした手を彼女は握り返し、弾かれたように顔を上げた彼に微笑んだ。

「わたしの名は
「ひ、……一氏、ユウジ」
「一氏だな。初めまして。越して来たばかりで不慣れなことが多く、何かと迷惑を掛けるかもしれぬが、どうかこれから、よろしく頼む」
「――― お、おんっ!!!」

 彼女の ――― の言葉に彼は、ユウジは頷くだけが精一杯だった。
 嬉しくて嬉しくて、泣けて、本当に泣いて。ハンカチを差し出してくれたの慌て振りが無性におかしくて、ユウジは初めてできた家族以外に気を許せる“ひと”の前で早速、腹の底から笑い声を上げた。


花咲かすは要らない
(必要だったのは君の存在)

100531


白石との思い出話か一氏との出会い話。
考えていた設定が設定なだけに、残念ながらギャグにはなれませんでした。
私なりに、公式も認める一氏の小春への執着理由を考えた結果、このような形と相成りました。一氏って実は物凄い強がりだと思うんです。人が苦手なのに強がって、誤魔化すために人を笑わせてアホなことして、だけど実は心臓バックバク!な感じの。
そんな一氏に初めて普通に接してくれたのは主人公でした。そんな話です。
因みに白石ですが、彼はまだ『ご近所さん』。よくて『知り合い』という認識です。主人公が会場を抜け出していたことすら知らず、この話の頃には同じ小学校出身者と戯れていた裏設定です。その他詳しいことやこの後のことは本編に盛り込めていけたらと思います。
それではカカオさま、リクエスト誠にありがとうございました!