会場となっている場所が近付くにつれ、弦一郎たち同じようにユニフォーム姿でテニスバッグを持つ者たちの姿が見受けられるようになり、辺りにはピリピリとした緊張感が漂っていた。
 また一昨年から二年連続で全国優勝を果たしていると言う弦一郎たちに注がれる視線が多く、そんな彼らと共にいる一人異色のわたしに注がれる視線までもが多くて、何とも居心地が悪い。
 しかし大会の会場は十年以上東京で暮らしていたわたしにも全く土地鑑がない場所にあり、また会場は広大な敷地を有していた。方向音痴ではないが、それでも今弦一郎たちから離れるのは自殺行為に等しい。というか、電車に乗っていた頃から仁王が服の裾を掴んで放さないため、そもそも離れることが出来ない。

 そのまま彼らと共に受付へ行くと、手続きを済ませて戻った柳に複数枚の紙を差し出された。

「これは?」
「大会のトーナメント表と試合の予定表。そして会場の見取り図だ」

 柳の厚意を有り難く受け取り、わたしはまずトーナメント表を見た。
 左側から覗き込む仁王が「立海大はここナリ」と表の一箇所を指差し、続いて右側から覗き込んで赤也が「で、次の相手がここッス!」と別の箇所を指差した。
 一つ手間が省けたことに礼を言い、わたしは更に四天宝寺の名前を捜した。

「四天宝寺の試合なら、今日は昨日の雨で中止になった準々決勝から開始される」

 すると、それを見越したように柳は言う。

「してんほーじ、ってどこスか?」
「大阪だ。西の雄と誉れ高い関西の強豪で、昨年俺たちは準々決勝で彼らと対戦してストレート勝ちしたが、なかなかに苦戦を強いられた学校だ」
「……ああ、部員のキャラがどれも濃ゆかったあの学校か。けどそことさんに何の関係があるんじゃ?」
「先程電車で、さんは四天宝寺に通っていると弦一郎から聞いた。今日ここへ来たのは弦一郎のテニスを観に来た他に、自分が通う学校の観戦が目的だと思ったのだが、違っただろうか?」
「……いや、柳の言う通りだ」

 先日わたしの年齢を推察した時といい、柳は頭の回転が早く、論理的な思考の持ち主のようだ。その上に眉目が整っていることだし、小春が気に入りそうな系統の人間だ。
 ――― いや、小春のことだから府外の学校だろうと眉目が整っている者はすべて調べ上げ、既に「ロックオン!」済みの可能性が極めて高い。転入したてだった千歳についても、異様に詳しかったしな。

「今日は本来、準決勝が行われ予定だったからな。俺たちの試合より、四天宝寺の試合の方が先に始まる。まずはそちらを観に行くといい」
「しかしそうすると、恐らく今日はもうこちらに戻って来られなくなる。四天宝寺の試合を観たいのは勿論だが、飽く迄わたしの目的は、弦一郎の試合を観ることだ」

 順位を付けるようなことではないが、今日のわたしは弦一郎の試合を観たいと言って、ここまで連れて来てもらったのだ。大阪へ戻らずに一人だけこちらに残った理由も同じだ。ならばその通り、こちらを優先するのが道理である。
 それに表を見る限り、準決勝はどちらも同じ時刻に始まり、コートは全く別の場所で離れている。
 これでは四天宝寺の試合を観に行けば弦一郎の試合を見逃すのは必至だし、けれど逆もまた然りだ。一体どうすべきか……。

。柳の言う通り、今日は四天宝寺の試合を観に行くといい」
「弦一郎……。しかし、わたしは」
が初めて俺のテニスを観たいと言ってくれたのだ。出来れば俺は、には最高の試合を最初に観てもらいたい」

 そしてそれは、今日ではない。
 そう真摯に弦一郎が告げるものだから、わたしは反論の言葉を失い、頷くしかなかった。

 ただわたしに代わって赤也が唇を尖らせ、仁王は服の裾を掴む手に力を込め、それぞれに不満を露わにする。
 顔を合わせたのは今日でまだ二度目なのだが、随分懐かれたものだ。
 仁王は柳生が宥めるように名前を呼ぶと、不満げな空気を纏いながら如何にも渋々と手を放してくれたが、赤也はなかなか納得せず。自信満々に勝ち進むことを言い切った決勝戦は絶対に観に行くと約束して、ようやく納得してくれた。

 そしてわたしは四天宝寺の試合が始まるまで、試合に備えて身体を解す彼らの様子をしばらく見学して時間を潰し。それから見取り図を頼りに、四天宝寺の試合が行われるコートへと向かった。

 けれど目的のコートはわたしがいた場所とは対角に位置し、その上想像していたよりも遥かに広い敷地に、予想以上に時間を食ってしまう。
 その為目的のコートが見えた頃には、試合開始の予定時刻から二十分近くが過ぎていた。

 目的のコートの周りには、三種類のユニフォーム姿があった。
 黒のユニフォームと、白と青が基調になったユニフォーム。そして柔らかな黄色と緑が基調のユニフォームは、間違いない。
 その中でも固まっている仲間たちから少し離れた一番手前にいる、癖である頬杖を背の低いフェンスについている姿に、わたしは頬が緩んだ。


「蔵ノ介!!」


 呼んで、けれどすぐには反応が得られなかった。
 一拍置いてからゆっくりと振り返った蔵ノ介は呆けたような顔をしていたが、わたしの姿を認めた途端にそれは驚愕へと変わり、瞳は今にも零れ落ちんばかりに瞠目する。

「――― !!?」
「なっ、!!?」
ちゃん!?」
さん……?」

 蔵ノ介だけではなく一氏も小春も光も、皆が一様に瞠目する様子に、わたしは思わず笑った。

「あああっ!! 姉ちゃんや、姉ちゃんがおる! けど何で姉ちゃんがおるん!?」
「ちょ、金太郎っ、苦しい……!」

 そして体当たり同然に飛び付いて来た金太郎に衝撃で押し倒れそうになったのをどうにか堪え、けれども加減のない腕の力に締め付けられるのには、流石に堪えられず。
 骨と呼吸が限界を迎える前に、興奮状態の金太郎をどうにか宥めようと試みる。けれどその前に、真っ先に駆け付けた光の拳骨が金太郎の脳天を捉え、力が緩んだ一瞬の隙に今度は一氏が金太郎の首根っこを掴み、わたしから引き剥がした。
 手段は非道だったが、見事な連携である。

「何しとんのや金太郎!? 会うたんびにに抱き付きよって、死なすどゴルァアアアッ!!」
「そう言うユウジ先輩かて、いっつもさんに引っ付いとるやないすか。金太郎のこととやかく言えへんやろ」
「べっ、べべべ別に引っ付いてへんわボケェ!! 俺は小春一筋や!!!」
「はっ、ほんまにうっざ。今のユウジ先輩、謙也さんよりうざいっすわ」
「いやああ、二人共! アタシのために争わないでぇー!!」
「アホ! どっちか言うたらさんのための争いや! ちゅーか光、自分何どさくさに紛れて人こと貶しとんねん!? 今の会話に俺は全く関係なかったやろ!!?」

 正に喧々囂々けんけんごうごう。丁度試合中だったらしい忍足までもがコート内から喚き、現場は一時騒然となる。
 しかし審判から注意が飛んだことでどうにか事態は収まり、試合は再開された。

「で、ほんまに何でがおるん? 今日って確か、大阪に帰る日や言うてなかったか?」
「それは ―――」

 どれだけ強烈な一撃を食らわされたのか涙目になっている金太郎を慰めつつ、一見冷静に見えても、実際には動揺が抜け切っていない蔵ノ介の質問に答えようとした時だった。

くん……?」
「……?」

 懐かしい呼称と、どことなく聞き覚えのある声が聞こえた。
 驚いて振り返れば、つい今し方その後方を通り抜けた白と青を基調にしたユニフォームの集団の中に、それこそ驚いた顔でお互いに顔を見合わせる。記憶にある姿からは大分成長していても、よく知る面影を残した人物たちがいた。
惑わすもまた*110214