右を弦一郎。左を精市。そして正面には切原赤也と名乗った ――― 本人の希望により、赤也と呼ぶことになった ――― 少年を配し、わたしたち九人が陣取ったのはファミリーレストランの一角だった。それも大人数用の席で二手に分かれて座れば済むものを、わざわざ少人数用の席を繋げて場所を作ってまでの配置だ。
 わたしとしたことが相手の都合を顧みずに押し掛け、これ以上邪魔をしないためにも足早に立ち去ろうとしたはずだったというのに。精市に引き止められ、あれよあれよと言う間に至った現状だが、あらゆる意味で何とも居た堪れない。
 何しろ不躾なまでにあからさまで、しかし純粋な好奇心に満ち溢れた複数の視線に晒されるのだから。

 その筆頭と言える赤也を始め、どうやら弦一郎の親戚という立場は、彼らにとって余程の興味をそそるものらしい。
 一体彼らの中で、弦一郎はどのような印象を持たれているのだろうか。
 見た目の印象通り弦一郎は実直で、嘘を吐けるような器用さを持ち合わせてはいない人間だ。苦楽を共にした者同士ともなれば、最早謎と言うほどの謎もなかろうに。

「にしても、本当に真田副部長とおねーさんって親戚なんスか? 似てないのは兄弟じゃないからっつっても、あんま血の繋がりある感じがしないんスけど!」
「そうか? 俺は雰囲気とかが結構似てると思うぜい」
「言われてみれば、確かにブン太の言う通りかもな」

 流石は運動部の所属する成長期の男子と言ったところか。耳を疑う品数の注文を終えるなり、赤也が先程も聞いた台詞を繰り返した。
 すると赤也の隣に座る赤い髪の、彼らの中で最も背が低いながら誰よりも多くの品を注文していた丸井ブン太が、わたしと弦一郎を見比べながら赤也の意見を否定する。それに丸井の隣に座る褐色の肌を持つジャッカル桑原が、丸井と同じようにわたしたちを見比べて同意した。

「だろい? 特に口調とかさ、女版の真田っぽくね?」
「いや、俺が知ると比べたら、これでも大分柔らかくなったと思うよ。前のはもっと、まるで時代劇みたいだったからね」
「まじスか!? えー、想像できるようなできないような、したくないような……」

 発言通りの心持ちでいるのか、赤也はじっとわたしを見つめて胡乱うろんな表情をする。
 しかし言葉遣いが最もアレだった頃のわたしを知る精市がそう言うのだから、蔵ノ介が設けたペナルティ制度は多少でも身になっているのだろう。その内容は罰則とは言えないようなものが大半だったが、それでも無駄ではなかったことに少しは安心する。
 けれど何やら居た堪れなさが増したため、あまり話題にして欲しくはない。

「切原くん、あまり人の顔をじろじろと見るものではありませんよ。先程から真田くんにもさんにも失礼です」
「だって、ねぇ? やっぱ気になるじゃないスか、イロイロと! ――― ってことで、おねーさんて今いくつなんスか?」
「ですから、切原くん。女性に年齢を問うなど、紳士のすることではありません」

 身を乗り出し、好奇心が赴くままに行動する赤也を、精市を挟んだ反対隣に座る柳生比呂士の声が窘める。
 だが赤也は気にしていないのか、単に聞く耳を持っていないだけなのか。一心にこちらを見つめて来るその様は何だか金太郎に似ていて、わたしは思わず笑ってしまった。

「気を遣ってくれてありがとう、柳生。しかしわたしは女性というほどの年齢でも、隠すほどの年齢でもない。別に構わんよ」
さんがそう仰るのでしたら、私も構いませんが……」

 柳生は納得し兼ねた様子ではあったが、結局は当事者であるわたしの言葉を優先してくれたのか口を噤んだ。

「しかし答を教える前に逆に問いたいのだが、今のわたしはいくつに見える?」
「そうだな、見た目は大学生と言ったところだろうか。しかし親戚とは言え、あの弦一郎や精市まで下の名前を呼び捨てにしていることから考えて、実際は俺たちとあまり変わらないのではないか?」
「えーっ? ハタチぐらいじゃないんスか?」
「いや、柳の言う通りだ。わたしは弦一郎たちと同い年だよ」

 赤也を挟んだ丸井とは反対隣に座る柳蓮二が、改めてといった様子で今一度わたしを一瞥して自らの予想を話す。
 それを肯定すると、実際の年齢より五つも多く見積もっていた赤也を始め、弦一郎と精市、柳を除く面々は皆ことごとく驚動した。どうやら彼らもまた、わたしを実年齢よりも年上だと思っていたらしい。
 何とも複雑な心境であるが、けれどお陰でようやく認めることが出来た。

 事は先日、蔵ノ介の家でテニス部の面々と鉢合わせた時のことだ。

 そこで小春が話題にした話によると、学内では随分前から『白石蔵ノ介には大学生の恋人がいる』との噂が実しやかに囁かれていたのだそうだ。
 まあ結論を言えば、その大学生の恋人とは、蔵ノ介と出掛ける際の必須になっている化粧を施されたわたしだった訳なのだが。つまり化粧をしたわたしは、実年齢よりも老けて見えるということになる。流石に衝撃的な話だった。
 当時は実際に大学生である蔵ノ介の実姉と誤解しているのだろうと否定したが、今こうして、何も知らない者たちにまで誤解されては認めるしかなかろう。

「……丸井先輩。やっぱ俺も先輩と同じ意見ッス。おねーさんは間違いなく真田副部長の親戚ッス。いやまじで」
「赤也、それはどういう意味だ?」
「えっ!? いや、その……と、ところで、おねーさんは学校どこなんスか? 立海生ではないッスよね?」
「ああ違う。そもそもわたしはこの辺りの人間はないから、言ってもわからんよ」

 何か含みを感じさせる言い方で先程までの意見を覆し、弦一郎に睨まれる赤也が必死に話を逸らそうとしているのに笑って手を貸すと、赤也はほっとしたように肩の力を抜いた。
 また丁度良く注文していた料理が次々運ばれて来たこともあり、眉間に皺が刻まれたままではあったが、弦一郎が赤也を言及することはなかった。
玩具の鏡に映し見る*110204