「それにしても、ちゃんたらほんまに見違えたわぁ〜! どっちかっちゅうとちゃんは和風のイメージやってんけど、今時な感じも結構イケてるやないの! メイクもちゃんの雰囲気によう似合うとるし、ほんま別嬪さんやなぁ! ユウくんもそう思うやろ?」

 名前を知らなかった二人と自己紹介を交わし、一息もつかない内だった。
 早速と言わんばかりに口を開いた小春の語気に圧倒されて口を挟めずにいると、小春はその勢いのまま隣の一氏に同意を求めて話を振った。つられて視線が移ると、先程から石のように固まりっ放しの一氏と目が合う。――― 刹那、一氏の顔は一瞬にして紅潮した。
 それと同時に、一氏は反対隣に座る綺麗な坊主頭の彼、石田銀の陰に隠れた。千歳に負けず劣らず背の高い石田は体格もよく、一氏の姿は彼の背に完全に隠れて見えなくなってしまう。

 ……先程から、一氏は一体どうしたのだろうか。
 そんな疑問を込めて小春に視線を戻せば、小春はいつになく愉しげだった。ニコニコというより、ニヤニヤと笑っている。

「んもうっ! ユウくんたら照れちゃってぇ!!」
「小春はん、あまり一氏はんのことを苛めんでください」
「ところで、俺らさっきまで夏休みの宿題しててんけど、さんはどないな感じや? 順調に進んどる?」

 背後の一氏を庇うように、石田は苦笑気味に小春を窘める。更にテニス部副部長の小石川健二郎が追随して話題を変えた。
 その息の合った連携には無駄がなければ妙に手馴れており、テニス部内での二人の立ち位置が窺い知れた。

「あとは数学と英語が少しずつだけ。もうすぐで終わるところ」
「へぇ、夏休みはまだ半分以上残っとるのに早いんやな。ひょっとしてさん、宿題は早めに終わらせて残りは遊び倒すタイプの人なん?」
「いや、遊び倒しはしないよ。ただお盆は東京に帰省するから、なるべくその前に終わらせるようにしているの」

 すると石田が反応して、どこの小学校出身なのかと訊ねられる。聞けば彼も小学校までは東京にいたらしい。それにしては違和感なくこちらの方言を使いこなしているため、その事実に少なからず驚く。
 わたしなんて、こちらの言葉がうつる以前に、まず元の言葉遣いが問題になっているというのに。

「ちゅうことはさん、来週辺りから大阪にいてへんのですか?」
「ああ、そうなるね」
「ほな帰って来るんは?」
「いつとは言い切れないけど、例年通りなら二十日には戻っているかな」

 しかし、光は何故わたしの帰省日程など訊くのだろう。

「何や、せやったらさん、全国は観に来れないんすね」
「全国……全国大会? テニスの?」
「今年は東京が開催地らしいっすわ。ですよね部長?」
「お、おう。せやけどにはの都合があるし、無理言うたらあかんで財前」

 だからも気にするなと、蔵ノ介は言った。
 けれど発言とは裏腹に、その抑揚や表情は全く反対の意味を感じさせた。尤もそれはわたしの個人的な感覚によるもので、勝手な思い込みと言っていいものだ。だから真偽は確かでない。わざわざ確かめるのも憚られた。

「姉ちゃん、ワイらの試合観に来てくれへんの?」

 と、食べるのに夢中だとばかり思っていた金太郎が意外にも話を聞いていたらしく、突然飛び付き胸元に擦り寄って来た。
 物欲しそうな顔をしていたので与えた、わたしと蔵ノ介の分の西瓜は綺麗に皮だけが残されている。当然のように種は一粒も見当たらない。

「ごめんね、金太郎」
「ええーっ!!? 何でなん? 姉ちゃんも東京行くんやろ? せやのに何で観に来れへんの?」
「こらこら金ちゃん、あんまり我が侭言うちょると、毒手が発動するばい」

 千歳の言葉に金太郎はぴたりと駄々を止め、恐る恐るの風情で顔を上げた。そして瞬時に蒼白する。
 金太郎の視線をたどって後ろを振り返れば、そこでは蔵ノ介が不自然なくらい満面の笑みを浮かべていた。何とも空恐ろしい。そして悲しいかな、金太郎が蒼褪めた理由が身に沁みて理解出来た。
 すると金太郎は抱き付いて来たのが突然なら離れるのも突然で、蔵ノ介が猛暑日の今日も何故か巻いている左手を持ち上げた瞬間、飛ぶように千歳の陰に隠れた。顔色こそ異なるが、一氏と全く同じ行動だ。

「何やクー、年下相手に随分余裕ないなぁ。そんなんで大丈夫なん?」
「よ、余計なお世話やっ!」
「はいはい。ところでみんな、よかったらこのまま夕飯も食べてってや」
「いや、流石にそこまでは……」
「食べる! ワイめっちゃ腹減った!!」
「――― って、金ちゃん!? 自分少しは遠慮せぇ、食い意地張り過ぎっちゅー話や!」

 そして更に切り替え早く、小母様から夕食への誘いが入った途端に、金太郎はまたも態度を一変させる。
 千歳の陰から飛び出し、わたしにそうしたように小母様にも飛び付こうとしたのだろう金太郎を、その前に忍足が素早く捕まえるが、金太郎には最早食への欲求しか見受けられない。固より理性的な行動は望むだけ無駄だろう。

「構わへんよ、遠慮せんで食べて行きや。ちゃんも、よかったらどや?」
「あかん。は友香里にあちこち連れ回された挙句、おかんの相手させられたんや、疲れとるやろ。今日はもう帰りや」
「いや、友香里と出掛けるのも小母様と御話するのも楽しかったし、心配しなくても大丈夫だよ。気を遣ってくれてありがとう、蔵ノ介。――― ですが小母様、これだけの大人数ですから、折角ですが御相伴はまたの機会にお願いします」

 前半は蔵ノ介、後半は小母様にそれぞれ告げて、わたしは立ち上がった。

「けれど、支度のお手伝いはさせてください。小母様一人では大変ですから」
「そう? ほなクーに免じて今回はしゃーない、諦めるわ」

 随分前に“ちゃん用”として白石家に用意されたエプロンを着け、わたしは小母様と二人で台所に立った。
 手伝いが終わる頃には、母も確実に帰宅していることだろう。

 小母様に夕食の献立を聞けば、西瓜と一緒に大量の野菜も送られて来たため、千切りキャベツで嵩増しさせたお好み焼きにするそうだ。陽が暮れても暑いこの夏の時季にも関わらず。そのため、わたしはキャベツを千切りにする手伝いを任された。
 またこちらの人はお好み焼きをおかずにご飯を食べるという、余所の人間には到底理解出来ない食事形態をしているため、大量のご飯を研ぐ仕事も任された。

さんって、料理出来るんすか?」
「あ、当たり前やろ!! はな、毎朝自分で弁当作ってんのやぞ!」
「そうそう! ユウくんはちゃんの卵焼きがだ〜い好きやもんなぁ。何しろ刻んだオクラが入った、ユウくんの好みの特別仕様や!」
「へぇー……」
「あほ、の料理は何だって絶品や。は元から薄味が好みみたいやったけど、今じゃすっかり“白石家”好みの味なんやからな」

 すると続きになっている居間の方から、人のことを話題にした謎の論争が聞こえて来た。ところが米を研ぐこととキャベツを千切りにする以外、特にすることがない今回の手伝いにおいては、物凄く居た堪れなくなるだけの論争だ。
 しかも隣で小母様が「ちゃん、モテモテやんなぁ〜」とからかって笑うから、ますます居た堪れない。
 こんな状況になるのなら、どうやら夕飯への御相伴を断ったのは正解だったようだ。それだけがせめてもの救いである。
君の夏と、僕らの夏*110129