友香里に健康オタクと揶揄される蔵ノ介の部屋には、一目見ただけでは使用方法がわからない健康器具が多くある。
 けれど今それは、十人近くの人間を招けるだけの場所を確保するために畳んで壁際へと寄せられ、代わりに二つのテーブルが部屋を占めていた。一つは蔵ノ介の部屋に元からある物だが、もう一つは友香里の部屋で見たことがあるテーブルだ。
 いずれの上にも捨てそこなった消しゴムのかすや空になったグラスなど、宿題に励んでいた名残がある。
 少なくとも、終始騒がしく賑やかだったことは確かだ。内容までは聞き取れない喧噪が階下にまで聞こえていたからな。

 ところで、呼び止める声を無視し、わたしをここへ引き摺って来た蔵ノ介は、一体どうしたというのだろうか。
 いくら気心の知れた仲間相手とはいえ、あの態度は失礼にもほどがある。いつもの蔵ノ介なら決してしない真似でもあった。

「蔵ノ介? 急にどうしたの?」
「……何で」
「うん?」
「何で、が家におるん? ちゅうか友香里は? 友香里と出掛けとったはずやろ? それが何で、何で今日に限って……!!」

 背を向けていた蔵ノ介は振り返るなりわたしの両肩を掴み、鬼気迫る勢いだったかと思えば急激に消沈し項垂れた。
 よくわからないが落ち込んでいるようなので、頭を撫でて慰めてみる。すると蔵ノ介は少しだけ顔を上げて、恨みがましそうな表情でわたしを睨んで来た。けれど目許に朱が差す顔では迫力に欠ける。

「……で?」
「ん?」
「せやから、何でが家におんねん。友香里はどないしたん?」
「ああ、友香里なら、友人から連絡が入ったので途中で別れた。ここにいるのは小母様に誘われて ―――」
「何やそれ。と出掛けとったのに友香里は友達優先したんか」
「友香里は渋っていたけど、わたしが送り出したんだよ。友人からの連絡と言っても、クラス会への誘いだったからね」

 実妹のように可愛い存在である友香里に対し甘い自覚があるわたしと出掛けることはいつでも出来る。
 しかしクラス全体で自主的に集まるには、義務教育の必然性とは違いそれぞれの都合があるため簡単に出来ることではない。
 夏休みが明ければクラス毎で活動する行事があることだし、こういう機会を利用して、今の内からクラス内の交流を深めておくのはいいことだ。そうすれば、学校生活はより楽しいものになるだろう。

「それはそうかもしれへんけど、何も今日やなくたってええやん! あれか、神様は俺のことが嫌いなんか……!」
「……蔵ノ介の言いたいことはよくわからないけど、わたしがここにいるのは迷惑だった?」

 どうしてわたしがここに、白石家のお宅にお邪魔しているのかと言っていたし。
 そう考えるとひょっとして、友香里と出掛けているのではなかったかというのも、そもそも友香里が唐突に訪問しわたしを連れ出したのも、何かの拍子にわたしが白石家にお邪魔する可能性を潰す意味があったのではなかろうか。
 小春や一氏がいるなら、わたしが引っ張り込まれていた可能性は十二分にあるからな。

 案の定、蔵ノ介はこの推測を否定しなかった。

「あー……。迷惑っちゅうかな、嫌やってん。こう、オフっちゅうか、学校やない場所にいるを、他の奴らに知られんのが」
「よくわからないのだけど、学校だろうと家だろうと、わたしはわたしなのだから、何も問題は」
「ある。めっちゃ問題あるで」

 わたしの言葉尻を遮る形で攫い、蔵ノ介は言い切った。

「やって、今まで学校の奴ら家に連れて来たことないやろ? いや、小父さんがアレやから連れて来れへんだけかもしれんけど、つまり家におる時のを知っとんのは、俺だけちゅうことや。それにでも、学校と家やとやっぱ雰囲気ちゃうし。……それ知っとんのは、家族ぐるみの付き合いしとる俺だけの特権なんやから、内緒にしたいんは当然やん」

 拗ねたようにそう言う蔵ノ介はまるで幼子のようで、蔵ノ介がそんな風に思っていたとは知らなかったわたしは、新たになった蔵ノ介の意外な一面に思わず笑ってしまった。
 それに蔵ノ介はますます拗ねた顔をしたが、その妙な独占欲といい、子供っぽさが助長されるだけでしかない。

「……笑うなや」
「ははっ、ごめん。でも、蔵ノ介の言い分なら、今のこの姿でみんなに会うのは問題ないと思うのだけど」
「どこがやねん」
「だって、今のこの姿から、家にいる時のわたしが想像出来る?」

 今の季節を理由にしても少々露出が多い服を着、派手ではないが華やかな化粧を施されているわたしは、先程千歳が半信半疑だったことや一氏らが驚愕していたことからわかる通り、本来の姿からは本当に全く結び付かない形をしている。
 こんな人間が化粧を落とせば十人並みの凡庸な顔をし、自宅では着物姿で日頃を過ごしているなど、到底想像出来たものではなかろう。
 化粧を落とした顔はそれが素顔なので仕方ないにしても、自宅でしか見られないわたしを知るのは、先程蔵ノ介が自身で述べた通り、家族ぐるみの付き合いをしている蔵ノ介だけだ。付き合いの長さなら蔵ノ介と大差ない一氏も小春も知らない。

 ――― 蔵ノ介が望む通り、蔵ノ介だけが知る、蔵ノ介の特権だ。


「…………何をしているんだ?」

 部屋の扉を開けると、そこには小春に一氏に光、そして忍足の姿があった。
 その体勢を見れば何をしていたかは明らかだが、念の為訊ねてみれば反応は三者三様。小春は爛々と輝いた眼差しを向けて来て、一氏は石のように硬直して瞬きすらせず。光は眉間に皺を寄せて物凄い顰めっ面を浮かべ、忍足はぎこちない笑みを浮かべている。

「あ、あー、その……、白石の様子が変やったから、どないしたんかなーと思て。な、なあ、光?」
「白石部長と何話しとったんすか?」

 盗み聞きしていたことを誤魔化す忍足に対し、光は直球だった。
 折角投げた会話を大暴投するどころか、そもそも受け取ってすらもらえなかった忍足が憐れを通り越して笑いを誘うほどだ。開き直られたこともいっそのこと清々しく、褒められたものではない行いを怒る気も失せる。

「聞かせるほどの話ではない。それより、小母様が西瓜を切ってくれると言っていなかったか? これ以上待たせては申し訳ないし、早く戻ろう。小春も、大方の内容は予想出来るが話なら下で聞く。一氏、そろそろ瞬きをしないと目が乾くぞ」

 主に答をはぐらかされた光が不満げな顔をしていたが、四人を促して先に行かせ、わたしは室内を振り返った。
 言い出したのは自分なのに、赤い顔で立ち尽くす蔵ノ介の姿に笑いが込み上げた。
他意なき故に劇薬*101215