最初は大人しそうな人だと思った。綺麗な黒髪が日本人形を髣髴とさせる、大和撫子タイプだと。 だがその口が開かれた瞬間に飛び出した時代劇掛かった言葉に、今度は見た目とのギャップが激しい人だと思った。そして脳天に落とされた強烈なゲンコツに、その印象は凶暴な人、とすぐに変わった。 ――― 何より、ムカつく人だと思った。 しかしテニス部内でも一、二を争うアクの強さを持ち、相方の小春以外には部活仲間でも尖った態度の一氏と軽口でじゃれ合うほど親しく。自分の存在を完全無視していたはずが、最後の最後に声を掛けてくるし。小春曰く、本当は物凄く優しい人間だと言うし。 今は、もう ―――。 「何やねん、自分」 不意に零された財前の呟きに、一同は揃って財前を見た。 しかし財前の視線は、先程ようやく落ち着きを取り戻して小春の背中から離れたに向いていた。そしてが無表情で財前を見返すと、財前の視線は逃げるようにから逸らされる。 「全部、俺の所為やろ。俺が自分の都合で利用して、根も葉もあらへん噂流されて、こないな目に遭わされとんのに何で、何で何も言わへんねん! 最初に俺のことボロクソ言うたみたいにでも何でも、好きにすればええやないか!!」 「……断る。そんなもの、貴様は己が楽になるための免罪符が欲しいだけだろう」 その指摘に財前は息を呑んで固まった。 は鼻で一笑する。 「貴様を責めたところで何も変わらん。貴様が自覚しない限り、過ちは繰り返される。だから貴様は青二才なのだ」 「――― っ!」 「何だ? 図星を指されて頭に血が上ったか?」 言われて、確かに頭に来た。確かにそうだ。を利用して説教された時も、彼女の指摘はずばり的を射ていた。 だからあの時の自分は腹を立て、ムカついたのだ。 関西地区一位の実力を持つ四天宝寺のレギュラーの座を、二年生で唯一手にした自分に、偉くなったつもりでいた。 説教するに、ウソとはいえ“テニス部レギュラーの彼女”と言われて内心では喜んでいるのだろうと、上の空だった。 テニス部のファンクラブを自称する団体がどれほど危険か、話に聞いただけで知った気になり、現実を見ていなかった。 それどころか、こちらの勝手な都合でを利用して巻き込んだ自分は、自分たちの意思を捏造して人を辱めるファンクラブと、何ら変わらないではないか。その事実に気付いた財前は絶句した。 「俺、俺は……」 「…………忘れるな」 「――― えっ?」 いつの間にかすぐ近くに来ていたの指が、トンッと財前の胸を刺した。 思わぬ距離と衝撃に揺らいだ身体を、咄嗟に運んだ後ろ足で支えた財前は、そして息を呑む。 「今の気持ちを忘れるな。さすればお前はテニスだけではなく、人間的にも今よりもっと強くなれる」 そう言ったは柔らかく笑い、財前の頭を撫でた。まるで幼子を褒めるかのように。 その行為は人との接触をあまり好まない財前にとって、本来なら嫌悪感を催すものだ。だが不思議と今は嫌ではなかった。小春に以前された時とも違う、自分でも理解できない感情が内側で渦巻き、顔面が燃えるように熱かった。 ――― パンッ! ふと、その空気に終止符を打って一変させるかのような音が響いた。 発生源を見れば音の元である手を打ち合わせた体勢の小春がいて、集まった視線の中心で小春はにんまりと笑う。 「ほな光の件は一段落したっちゅうことで、次の話題にいきましょか」 「……ええで。俺も訊きたいことあるし、なぁ?」 小春の提案に意外にも同意した白石は、言いながらを見た。その視線にははっとして、白石から目を逸らす。 するとそんなを守るかのように一氏が間に割り込み、白石を睨み付けて威嚇した。と小春には一年生の頃を思い起こさせるものでしかないが、小春以外には尖った態度の一氏しか知らない他からすれば、驚愕を禁じ得ない光景である。 「こらこら、ユウくん。ちゃんと蔵リンの関係が気になるんはわかるけど、そないカッカしたらあかんで」 「せやけど小春っ……!」 「とはお互いの両親公認の仲や」 「――― は」 「――― えっ」 今にも噛み付きそうだった一氏も宥めに入った小春も、白石の手によって唐突に落とされた爆弾に、見事に被爆した。 二人だけではなく、一転して蚊帳の外となった財前も、固より蚊帳の外だった謙也も。異性に対して常に一線を引いて接している白石の口から出た予想外の台詞に、再び驚愕する。 特に同級であり、部内でも白石との親交が深い謙也の驚きは並みではなかった。小春の指摘で白石が異性を呼び捨てにしていることに、今更気付いたこともあって甚だしい。 謙也は知っている。白石と割合話す方だった女子が以前、ごく自然な流れを装った会話で白石と名前で呼び合う仲になろうとし、剰え「蔵」と略した呼び方をして、白石の逆鱗に触れたことを。あの時の白石は本当に恐ろしかった。 側にいた自分まで押し潰されそうなプレッシャーを感じたのだ。当然その矛先となった女子が耐えられるはずはなく、そういえばあれ以来、白石と彼女が話しているところを見掛けなくなった。 ――― 白石は異性を名前で呼ばないし呼ばせない。謙也が知る限りの唯一例外は、彼の妹である友香里だけだ。 「言い得て妙だが、勘繰りされるような言い回しは止せ、蔵ノ介」 「勘繰りも何も、両親公認なんは事実やろ? 実際俺は、の両親からのこと頼まれとるし」 「……ケジメなら、もっと穏便な方法でも如何様にできただろう」 は呆れたように言って、ため息をついた。 あの白石を名前で呼び捨て、あの白石と一線を越えた付き合いをしているという、どれほど貴重で在り得ないことをしているのか、その意識はなさそうだ。 「蔵ノ介とは家が隣で、越して来て以来家族ぐるみの付き合いをさせてもらっている。両親のことは、一人娘のわたしに過保護なあの人たちが、蔵ノ介に無理を言っているだけだ」 「無理なんかやあらへんで。俺は好きでと一緒におるんやからな」 「……せやったら、何で今までとの関係黙っとったんや。も白石も、そないな素振りあらへんかったやないか!」 それは、と白石は口ごもった。するとはまたため息して、一氏の頭を少々乱暴な手付きでくしゃくしゃにした。 唸る一氏は抵抗せず、ずり落ちたバンダナが目許を隠す。 「感情的になり易いお前とは違い、蔵ノ介は変に理性が働く人間なんだ。余計なことまで深く考え過ぎて 「……バカやのうて、せめてアホ言い」 「ほら、図星だ。蔵ノ介が思っているほど、わたしは柔ではないというのに。やはり馬鹿な奴だよ、お前は」 ついと視線を逸らした白石に、はくすくすと笑った。 閑話:大切なモノ*100420
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