「なあ、光」 部活の休憩時間中だった。さり気なく隣にやって来た謙也との距離に、財前は顔を顰めた。 時には鬱陶しく感じることがあるとはいえ、入部当初から何かと構ってくる謙也に対し、財前が許しているパーソナルスペースは他より近い。とはいえ流石に、耳打ちのために詰められた今回の距離は近過ぎる。大体声を潜める理由がわからない。 訝る財前は半歩身を引き、一先ず声量を謙也に合わせてぶっきら棒に「何すか」先を促した。 「自分、白石に何かしたんか?」 「はあ? 何かって何です?」 「せやから、何かは何かや。白石の奴、部活始まってからずっと、光のこと睨んどるやん」 要領を得ない謙也の言葉にますます顔を顰めた財前は、白石の方を振り向いた。 すると同極の磁石を近付けられたかのように連動して、白石の首がぐるりと反対を向く。あからさまに逸らされたとわかる反応だ。 実は謙也が言う頃からひしひしと感じる視線があったことに気付いていた財前は、白石のこの様子に柳眉を歪めた。 「さあ、知らんっすわ」 「せやけど朝練の時は普通やったし、知らん間に何かしたんとちゃうん?」 「朝練以降、こうして部活始めるまで一度も部長と顔合わせてへん俺に、一体何しろっちゅうんすか。それやったら俺よりも、同じクラスの謙也さんのが何かしたんとちゃいます?」 財前の指摘に謙也は何か思い当たることでもあったのか、うっと言葉に詰まってしどろもどろになる。判り易い反応だ。 「図星っすか?」 「ちゃ、ちゃうで! あれは絶対に光のこと見とんのや! 俺やない!!」 「あらあら、何の話? アタシも混ぜてぇな!」 両手と首を激しく振って全力で否定するも、逆に説得力が全くない謙也。 そこに混ざろうと小春が嬉々としてスキップで現れて、小春を追い掛けて来た一氏が「浮気か!?」といつもの台詞を叫ぶ。一気に騒々しくなった周りに財前はため息した。休憩時間中のはずが、これから逆に疲れそうな予感がひしひしする。 「あ、あー……せや! そういや光、自分彼女おるんやってな!」 白石を不機嫌にさせた原因かもしれない話題には、どうやら相当触れて欲しくないらしい。 謙也は咄嗟に別の話題を引っ張り出した。すると財前は苦々しそうな顔で曖昧に反応し、小春は苦笑いを浮かべ、一氏はいつも以上の皺を眉間に刻んだ。場の空気が一瞬にして澱む。しかし話題を逸らすのに必死な謙也はそれに気付かず、尚も口を動かした。 「俺らの学年の子らしいやん、今朝なったらあちこちで噂されとって驚いたわ。いつから付き合うとるん?」 「その噂はガセやで、謙也くん」 「……は?」 ところが財前よりも先に口を開き、噂を否定したのは小春だった。 これには謙也ばかりか財前も驚いて、苦笑する小春を凝視する。 「ちゃんから聞いたで。告白してきた子をフるんに、居合わせたちゃんを利用したそうやないの」 「よりにもよってをダシにしたんが運の尽きやな。あいつ基本大人しいけど、怒るとごっつ恐ろしいんやで」 「……あの人が怒ると怖いんは、昨日充分知りましたわ」 昨日殴られた箇所がまた痛む気がして、財前は頭を押さえた。 一方、話題の提供者でありながら全く話についていけない謙也は頻りに首を傾げた。するとそんな謙也を察した小春が、財前と噂になった人物 ――― と噂の真相について、解り易く簡潔な説明をしてくれた。 お陰でようやく合点が行き、謙也は納得する。 それにしても一氏の語り口調からして、そのという彼女は小春ばかりか一氏とも親しいらしい。鋭い目付きと小春以外の人間には部活仲間といえどつれない態度の所為で、特に女子から怖がられている一氏にまさか異性の友人がいるとは。噂の真相よりも、その事実の方が謙也には余程驚きだった。 「せやけどその、さん、やったっけ? 光との噂がほんまやないんやったら、はっきりさせんと ――― あ」 「謙也くん? どないしたん?」 「いっいや、白石の奴がまた、光のことごっつ睨んでてん……」 何かから逃げるように視線を明後日の方向へ逸らした謙也。その言葉に財前たちが振り向くと、白石は丁度こちらへ背中を向けたところだった。白石がこちらを睨んでいたと言う謙也の言葉を信じるなら、一度ならず二度までも、あからさまに逸らされたということになる。 それにしても横顔ですら謙也の顔色は悪い。白石は一体どれほどすさまじい形相を浮かべていたんだ。 「光、白石に何かしたんか?」 「さっき謙也さんにも訊かれたっすけど、さっぱりっすわ」 「蔵リン、いつからあの状態なん?」 「……そういえば、朝練終わって教室着いた頃には機嫌悪なってた気するで」 謙也の証言を元に、部室から教室までの道のりを途中まで同じくしていた彼らは今朝のことを思い返し、しかし何も思い当たることがないものだから、首を傾げるしかなかった。 かといって本人に直接聞ける雰囲気ではないから。直後に休憩が終わったその後の部活は、何とも居心地が悪いものだった。 閑話:部活中の彼ら*090315
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